![]() 三河・佐久島アートプラン21 佐久島体験2003 祭りとアートに出会う島 平田五郎展 『佐久島空家計画3/大葉邸』
制作リポート 2
後期:2004年2月21日〜27日
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2月21日(土)
翌日に控えた土間たたきの作業のため、平田五郎より一日早くスタッフ、ボランティアは島入り。先日用意した軽トラ3杯分の赤土すべてを、ふるいにかけておかなければならない。バケツに土を入れ、ある程度以上の大きさの塊をほぐして中のふるい作業チームに渡す係りを太一、陽史、マッチングモウル内藤が担当。ふるいチームは森、斉藤、桂の女の子チーム。 庭の片隅に山積みになった赤土は、ふるってもふるっても、一向に減らない、ような気がする。大葉邸での基本スケジュールはだいたい決まっていて、 7:15〜 朝食 8:00〜12:00 作業(10:00〜10:30 おやつ休憩) 12:00〜13:00 昼食 13:00〜19:00 作業(15:00〜15:30 おやつ休憩) 19:00〜20:00 夕食、宿舎に戻り順番にお風呂に入って就寝 という内容なのだが、明日の天気予報が雨だったので、とにかくその日のうちに赤土をすべてふるって、土間に入れておくしかないのだ。結局、夕食後、全員9時まで作業。女の子チームだけ先に返して、太一、陽史、内藤、それから10時から合流したマッチングモウル山口を加え、結局作業を終えて庭の片付けがすんだのが、夜中の1時だった。全員、よれよれになって宿舎にたどりつき、お風呂に入って、文字通り泥のように眠る。 ■ボランティア 5名/ 天野太一、天野陽史、森晴香・斉藤真子(静岡文化芸術大学)、田中桂(名古屋芸術大学) 2月22日(日) 前日、深夜におよぶ肉体労働をしたので、さすがにこの日の朝食は9時過ぎにとる。10時に大葉邸に集まり、岡崎市からわざわざ指導のためにやってきた左官屋、近藤さん親子にみんなでごあいさつ。苦労してふるった赤土の状態もOKをもらい、さっそく土とセメント、それに石灰をまぜる。さいしょに、おふたりに見本を見せてもらい、それにならって太一、陽史、それから、この日からボランティアとしてやってきた武蔵野美術大学の石山くんの三人が防塵マスクで作業にかかった。 ひとしきりまぜ終えたものを、土間全体に平らにならしてゆく。このならすための道具も、左官屋さんが、そのへんにある材木の切れ端であっという間につくってしまった。すごい。平らにならしたセメント&石灰入りの赤土は、セメント色というか灰色である。佐久島の赤土は粘土が多くまざっていたので、それがセメントと石灰でまぶされた“きなこ団子状態”になってしまった。これで、どんな風に土間になるのか? 左官屋さんが用意してきた“タコ”と呼ばれる道具は、枕木を短く切って両側に持ち手をつけたシンプルなもの。これを持ち上げて、ど〜んと落とす。その繰り返しで全体を突き固めてゆくのだ。この状態でも、土間全体はどんよりした灰色。その頃、レジデンス後半初日の平田五郎が現場に到着。灰色の土間のようすを見て「う〜ん、どうなんだろう?」とやや不安気なおももち。 しかし、最後にジョウロで水をまき、キゴテで押し伸ばしてゆくと、きなこの中から団子が……ではなく、セメントの粉が取れて赤土の色がよみがえった。しかも、ぼそぼそした表面は、つるつるとした土間の風情に大変身。「これだよ、これ。イメージにぴったり」と平田五郎も大満足。右の2枚の画像は、水をまいてキゴテで押し伸ばす前と後(石山くん撮影)。全然違うでしょう? 理屈もシンプル、作業も(たいへんだけど)シンプル。それでいて、プロの指導の元とはいえ、まったくの素人集団が土間を打ててしまうのだからびっくり。まるでDASH村みたいだ。ひとつひとつ、できなかったことが身についてゆく佐久島でのボランティア作業。子どもたちは、こうして大人になってゆくのね。 さらにこの日は、弁天サロンの管理人の相川さんがてづくりの蒸しパンを差し入れてくださり、加えて前日から解禁となったアサリ漁でとれた新鮮なアサリの大量の差し入れが夕食に花を添えるなど、達成感やら満腹感やらで充実した一日だった。 ■ボランティア 6名/天野太一、天野陽史、森晴香、斉藤真子、田中桂、石山和広(武蔵野美術大学) 2月23日(月) 本日はいつも通り、8時から作業開始。しかし、昨日あまりにも作業がうまくいったその反動か、問題山積の一日だった。本日からふたたび島入りしたぶうちゃん(高木)と花ぴょん(花井)。平田さん付きアシスタントとして、いっしょにはじめて挑戦する黒漆喰にとりかかったのだが、この「本造り純練り」という墨入りの漆喰がまた塗りにくいらしい。昨年さんざん塗った白い漆喰と違って、ほんの少しのでこぼこでも目立ってしまう黒漆喰。水平器片手に一日やっても、予定の三分の二も終わらなかった。 一方、塀の積み上げ作業にあたる太一、陽史、石山くんの作業も、予定より遅れていた。その上、夕方になって「セメントが足らなくなりました」…。もっと早く言ってよ! と、島の大工さんに問い合わせるものの、たまたま在庫切れ。本土の建材屋さんに明日朝の船に乗せてもらうよう注文を出して、この日のうちに終わるとふんでいた塀作業も途中でストップ。 唯一、すぐに済むと思っていた床の墨塗り作業。担当の花ぴょんは、平田さんに墨の濃さや塗り方をチェックしてもらい作業にかかる。右の写真は作業をはじめてすぐのもの。これが夕方の4時頃。夕食の時間が近づき、合宿所から大葉邸にようすを見に行ったマッチングモウル内藤の見たものは、3時間前とほとんどかわらぬ白木の美しい杉板の床だった。実は、板と板の継ぎ目に墨を入れる作業に手間取っていたのだ。これは平田さんも予想外のこと。結局、塀作業の男子チームも床塗りに加勢したが、今日中に終えるはずの床の2度塗り予定にははるかにおよばぬ状態で、脱力のトドメ。この日の作業は、ちょっと延長して8時半まで。平田さんが趣味の園芸でかわいがっているラン(わざわざ佐久島まで持ってきた)でも見ていやされようか…。 ■ボランティア 7名/天野太一、天野陽史、高木志瑞子、花井佐代子、森晴香、斉藤真子、石山和広 2月24日(火) 前日のもたつきを挽回すべく、それぞれの担当箇所でフル回転。本日から、ふたたび島に戻ってきた尾野くんは、昨年の漆喰磨きの経験によって、出窓部分の磨きを担当。一日かけて磨く磨く…。右の写真をごらんいただきたい。まさに「鏡のよう」だ。チェックの厳しい平田さんでさえ「完璧!」と絶賛。しかし、悲劇の足音は静かにしのびよっていたのだ。まだ、誰もそれを知らない…。 昨日、隙間に墨を入れておいた床板に、一度目の墨を塗ってみた。予想以上にいい感じ。とりあえず、磨き作業をしている真ん中の部屋をのぞいた2部屋を塗ってみたら、屋内全体がぴしっとしまった印象になった。 前期のレジデンスの期間に、島民+学生ボランティアで路地に面した大葉邸の壁をコールタールで塗ったところ、ずいぶん美しくなったので、時間の余裕があれば庭に面した部分も今日あたり塗ってしまおうと考えていた。しかし、他の作業が押していること、また、前回、路地部分を塗っただけなのに、コールタールの臭いが邸内まで充満し、臭いが消えるまでに時間がかかったこともあり、今回は断念。展覧会終了後、折をみて塗ることにする。 前日、足らなくなったセメントを朝一番で電話注文。昼ごろには、西渡船場に届いたので、太一、陽史、石山、斉藤の男子チームは遅れ気味の塀積み作業を続行。あと一息のところで本日の作業は終了。 ■ボランティア 7名/天野太一、天野陽史、高木志瑞子、花井佐代子、尾野訓大、石山和広、斉藤修 2月25日(水) 悲劇は突然やってきた。昨日、尾野くんによって完璧なまでに磨き上げられた出窓部分の黒漆喰の磨き部分が白濁している。「白化(はっか)」というらしい。頭が真っ白になる平田&内藤。尾野くんはあきらめず、さらに磨きをかけるが状況はどんどん悪くなる。白化の原因は気温。後に電話で高知の専門家にSOSの電話をしたところ「冬は磨き漆喰はやらない。5月から10月くらいまでかな、できるのは…」とのお答えをいただくも、もはや手遅れ。誰かを責めたい衝動にかられるも、いまさらである。う〜む、たいへんにまずいことになった。 邸内でとんでもない事態が発生していた頃、屋外では、着々と男子チーム4名が作業をすすめる。大葉邸の向かい屋の板壁は、庭側からは見えないが、ずいぶん前から板部分がどこかに飛んでいってしまったようで、土壁がむきだし状態だった。これでは建物が傷むということで、初年度から修復を考えていた。昨年、取り壊す家から板壁をごっそりもらって取っておいたものを材料にした。右写真をごらんいただきたい。どうです? 素晴らしいでしょう! 塀積み作業も完了。しかし、屋内組の作業は遅れ、結局夕食後にふたたび現場に戻り、11時ごろまで作業を続ける。心身ともにとっても疲れる。 ■ボランティア 6名/ 天野太一、天野陽史、高木志瑞子、尾野訓大、石山和広、斉藤修 2月26日(木) 屋外作業で残されたのは、一年目に制作した庭の石畳の補修作業だけ。午前中、内藤が運転する車に太一と石山くんを乗せ、補修用の石を浜辺に採りにいく。この日は強風の上、雨まで降り始める中、吹き飛ばされそうになりながら、浜辺でめぼしい石を集める。一年目は、何度、このつらい作業を、しかも庭一面に必要な量を集めただろうか。それに比べれば、このくらいの量(土嚢袋に4つ分)なんて、へっちゃらだい。 9時半一色港発の船で、敏子ちゃんがお母さま(酒井紀子とおっしゃるのだ。字は違うがノリピーだ)とともに来島。お母さまは障子張りボランティアとしてわざわざ名古屋から来てくださった。今年は大葉邸内の建具をすべて取り付けることになっており、障子もしかり。ありがたい! 11時半一色港発の船で、さらに西澤碧梨(みどりちゃん)と佐藤三枝子さんの名古屋組、平田さんのファンでステンドグラスの会社におつとめの田中夫妻が岡崎からやってくる。本日のボランティアは総勢12名。作家とスタッフを入れると15名の大所帯だ。 午後の作業にそなえて腹ごしらえしようと昼食の準備をしていた山口からSOS「合宿所のガスが切れました!」。くっ、しばしば起こるプロパンガス切れ in 佐久島。島内のガス屋さんに連絡がつかないので、急遽弁天サロンで昼食。敏子ちゃん差し入れのおでんと、碧梨ちゃん&佐藤さん差し入れの名古屋名物「天むす」によって、ものすごく豪勢な昼ごはんになった。静岡から来た斉藤くん、東京からきた石山くん(山形出身)には、はじめての「天むす」体験だったみたい。どう? おいしいでしょ! 午後からは、太一、陽史、石山、斉藤の男子チームが、集めてきた石を使っての庭の補修作業。最初に平田さんと尾野くんから説明を受け、終日その作業に当たる。碧梨ちゃんと佐藤さんは今日から「まかない班」として食事全般をお任せすることになった。これで、山口も現場で片付け作業。ガラスの本職モックン(田中)は、くど部分のガラス切り担当。奥さんの逸ちゃんは片付けの手伝い。平田、尾野、ぶうちゃんの「くど班」は、完成めざしてくど内部の最終仕上げ。 午後2時頃、講談社のファッション雑誌『ViVi』のロケ隊計8名が大葉邸に。この日は、『ViVi』の専属モデル佐田真由美さんが大葉邸のボランティアをしてくれることになっていたのだ。佐田さんは、まず、脚立に登って庭の塀のお掃除。しばらくして平田さんから「あ、ゴミは下に落とさないで」などと厳しくチェックが入る也。美しいモデルさんにも他のボランティアと同じ対応(この日は…)。その作業がすんで、今度は一番奥の部屋のワックスがけをしてもらう。そのうち、ワックスがけのようすを撮影していたカメラマンとメイクの人もいっしょにワックスがけをしてくれ、3時のおやつタイムもいっしょだった。 『ViVi』は書店はもちろん、どこのコンビニにも置いてある若い女の子向けの人気雑誌。その中に佐田さんは連載のコーナーを持っていて、そのために佐久島にやってきたのだ。でも、なぜ佐久島? 素朴な疑問を本人にぶつけてみた。「インターネットでみました」という彼女は、佐久島でアート・プロジェクトがおこなわれていることも知っていて、興味を持ったのだという。「こんな小さなプロジェクト、よく見つけたね」と言うと「え、アートプラン21って、けっこう知られてますよ」とのお答え。が〜ん、これは現実? ボランティアの学生たちには「よかったですね。地道な努力の甲斐がありましたね。苦節3年ですね」などとなぐさめられるが、狐につままれたような心持だった。 「なにか、他のアートプラン21と間違えたのでは?」などとちらっと思い、そういえば、昨年の夏『エスクァイア』が取材に来た時も「アートな島って、それって直島と間違えているのでは?」と思った時のデジャヴ…。とにもかくにも、華やかなファッションの世界に身を置く人気モデルさんにも三河・佐久島アートプラン21は知られていたのであった。よかった。よかった。では、この日は終わらない。ロケ隊のみなさんが帰った後も、日が暮れるまで作業は野外と邸内の両方で続いた。 夕食が済んで、この日お誕生日のぶうちゃんの誕生祝いをする。しばしの楽しいひととき。しかし、その後、邸内作業班は大葉邸に戻り、深夜12時頃まで平田さんはくどに金箔貼り。尾野くん、ぶうちゃんは漆喰の仕上げ作業。残すところあと一日。間に合うのか? ■ボランティア 12名/ 天野太一、天野陽史、高木志瑞子、尾野訓大、石山和広、斉藤修、酒井敏子、酒井紀子・西澤碧梨・佐藤三枝子(名古屋市)、田中素広・田中逸子(岡崎市) ■ViVi ロケ隊ボランティア 8名/ 佐田真由美、和田裕、加藤健、鈴木朝子、大田由香梨、名生秀明、大森直、大石篤史(東京) 2月27日(金) さて、展覧会スタートまであと1日。午前中、屋外班は、庭や周辺の完璧な片付け作業を。くど班は、くどの中に設置する作品の準備。池田は弁天サロンのギャラリーで制作ドキュメントの展示。内藤、山口は邸内の徹底掃除。いよいよ作業は佳境に入った。が、また事件が! 10時のおやつタイムの時、昨日一日かけて補修した庭の石畳がまったく指示通りに設置されていないことが判明。平田&内藤の鬼の中年組は学生たちを思い切り叱り飛ばし、早急なやり直し命令。その後、これ以上ないほどに脱力。「目的を理解してから作業にかかるように! 意味がわからないままにやるな!」というこのセリフ、今回のレジデンス期間中、100回くらい言ったような気がする。頭使ってくれい、お願いだから…。 そんなこんなで現場は殺気立っていたので、昼食の「牡蠣ごはん」には、一同心もお腹も癒された。この牡蠣は、その朝、島のおばあさんから差し入れにいただいたもの。ボランティアの中に牡蠣を食べられない者2名。しかし、ひとりはあまりに美味しそうな匂いにおかわりまでする勢い。残り一人は、午前中に庭石の件で叱られた上に「小学生じゃあないんだから、好き嫌いを言うな」とまた叱られ、かなりしょんぼり。でも、集団行動では、わがままはいえないんだよ。体質的なアレルギーなら仕方ないけど、単なる食わず嫌いはここでは許さないのだ。大人におなり。極上の牡蠣ごはんの後は、ぜんざいのデザートまで出て、内藤おばさんの怒りはやや鎮火。 午後の作業も山積み。邸内は、くど班がまだ作業中なので、道具のすべてを片付けることができない。とりあえず、必要のない道具類を次々と現場から運び出す。危なっかしい手つきのボランティアに「割れるようなものを台車で運ぶ時は、手で持つか押さえて」などと、子どもにかんでふくめるように言ってみても、直後に落っことして割る始末。勘弁して…。邸内では、尾野くんと石山くんが、ライトのセッティング作業に追われ、内藤と斉藤くんは瓦礫の撤去作業。やることが全然減らない。どうしたこと? 疲れた体を引きずって合宿所に戻り夕食。あまりの美味しさに涙が出そうだ。まかない班のおふたり、本当にありがとう! 夕食後、平田、尾野、石山、ぶうちゃん、山口、内藤は大葉邸に戻り、最終作業を結局深夜2時半まで。もうろうとなった頭で倒れるように就寝。残りのボランティア(含むしかられ組)は、池田が食後に深夜の佐久島ドライブに連れ出し、労をねぎらい、励ましてくれた。佐久島は、ボランティアにとって、まさにアメとムチ。でも、大葉邸が無事完成したのは、ボランティアたちのおかげだ。よくがんばってくれたと思うし、心から感謝している。本当にありがとう。平田さんも、お疲れさまでした! ■ボランティア 8名/ 天野太一、天野陽史、高木志瑞子、尾野訓大、石山和広、斉藤修、西澤碧梨、佐藤三枝子 (文責:オフィス・マッチング・モウル 内藤美和) ■ 『佐久島空家計画3/大葉邸』 制作リポート1 ヘ ⇒ 【関連情報】 ● 平田五郎展『佐久島空家計画3/大葉邸 ● 平田五郎展『佐久島空家計画3/大葉邸 写真リポート ● 『佐久島空家計画/大葉邸』・今後の室内見学について ● 『佐久島空家計画3/大葉邸』・墨すりサポーター募集 ● 『佐久島空家計画3/大葉邸』制作リポート1 ● 平田五郎ワークショップ 『もようのある石こうの板をつくろう 』 写真リポート ● 2002年度 佐久島空家計画2・制作記録 ● 2002年度 『佐久島空家計画2/大葉邸』・写真レポート ● 2001年度 『佐久島空家計画1/大葉邸』・制作記録 ● 2001年度 『佐久島空家計画1/大葉邸』・写真レポート |
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■ 2003年度全記録へ ■ TO HOME ■主催: 幡豆郡一色町 ■共催: 一色町大字佐久島・島を美しくつくる会 ■企画・制作: 有限会社オフィス・マッチング・モウル |
![]() ボランティア石山くん撮影の大葉邸の出窓部分。なんだかとっても美しい |
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